宮本百合子
底本:「宮本百合子全集 第十八巻」新日本出版社
1981(昭和56)年5月30日初版発行
1986(昭和61)年3月20日第2版第1刷発行
底本の親本:「宮本百合子全集 第十五巻」河出書房
1953(昭和28)年1月発行
初出:「宮本百合子選集 第五巻」安芸書房
1948(昭和23)年2月発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:柴田卓治
校正:土屋隆
宮本百合子
はじめから赤鉛筆を手にもって、べたスジをひくことにして読みはじめたものであることが一目瞭然であった。赤スジのないところには、文章さえのこっていないのだから、小説として発表が出来るわけもない。「その年」のようにおだやかな作品でさえもそういう取扱だった。即ち小説は一九三九年の九月にかいて十一月の中央公論に発表された「杉垣」が、禁止以来はじめての作品である。それまで、ちょっとした随筆を二三篇かき、その一つであった「清風おもむろに吹き来つて」という随筆がきっかけとなって、明治から現代までの文学史と婦人作家の研究にとりかかった。「その年」の原稿は、日本の言論抑圧の標本として、赤鉛筆の姿をそのまま、いつか多くの人の目にふれる機会をもつだろう。